再出発

3月末に引っ越しをして、私は千葉に戻ってきた。

4月から新しい職場、というか懐かしい職場に戻ることになった。

市の方にはまた養護学校で働きたいという希望を出していたのだが、

配属された現場は以前書いた記事で紹介したMちゃんの学校だった。

再出発を切ろうと考えていたらこの学校になるなんて、偶然とは思えない。

しかし10年もたった今、職員も何人かを残してすっかり変わってしまっていた。

Mちゃんの事を話す人も当然いない。

ところが、先週、学年の保護者会の為、普段は使われていない教室が使われることになった。

そこで保護者と今年の体制や予定などの話をして解散をしようとしたとき、

そこに、あったのだ。

Mちゃんから寄贈されたオルガンが。

私はしばらくそれを見つめて動けなかった。

あのとき会えなかったMちゃんに再会できたような思いだった。

それは、確かにMちゃんがこの学校にいた、という証だ。

誰かがそのオルガンを奏でるとき、Mちゃんも一緒に歌っているのかもしれない、と思った。

あのときの気持ちを大切にしながら、この学校の子供達の為に精一杯がんばろう、そう思わせてくれた出来事だった。

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今、ここにいる人を大事にすること

「あなたの人生に大きな影響を与えた出会いがありましたか?」

授業の中で私が昨日学生にした質問だ。

学生がそれぞれのすばらしい出会いについて話してくれ、そのあとで、

「先生は?」と聞いた。

「わたしはね・・・・・・。」自分にふられると思わなかったので、答えを用意していず、

ちょっと考えたが、その時真っ先に「Mちゃん」のことを思い出した。

Mちゃんは、養護学校の生徒だった。中学2年生だが、小学校低学年かと思うほど小さかった。私はまだその頃臨時の補助教員をしており、その学校にも怪我をして入院された先生のかわりに1ヶ月ほどの契約で入っていた。

Mちゃんはよくしゃべる子でかわいかった。私にもよくなついてくれ、いろんな話をした。

小さかったのは生まれつき心臓が悪かったからだ。

体温調節がうまくできないため、水で手を洗っただけで手が紫になってしまい、冷やしたらすぐにお湯で暖めなくてはならなかった。

走るのも禁止されていたが、いつも走ってみたい気持ちで一杯で、みんなが走っているのをいつも羨ましそうに眺めたり、こっそりちょっと走ってしまって唇が真っ青になり、そのたび私たちを心配させた。

そんなMちゃんとの日々は楽しかったが、1ヶ月はあっという間にすぎ、私はほかの学校へ移っていった。

ある日、何かの用事があって学校へ行き、そのついでにMちゃんたちのクラスをのぞいた。Mちゃんともちょっと話したのだが、ほかの先生方も子供達もわっと近くにきてくれ、いろいろ話したりしているうちに帰る時間になってしまった。Mちゃんももっと話したそうにしていたが、私もまた来るつもりで「じゃあね。またすぐ来るからね」と言って家へ帰ったのである。

そのニュースを聞いたのは、それからしばらくして別の養護学校へ赴任したときだった。

以前の養護学校でもご一緒した先生にまたお会いして、「あれからどうしてたの」なんて言う話をお互いにしていたときに、「そういえばね、このあいだ、Mちゃん亡くなったのよ。」と聞かされたのだ。

その日はショックで給食も喉に通らなかった。Mちゃんは、心臓の働きがついに限界になってしまい、口から大量の血を吐きながらなくなった。いつもみんなに「がんばって」「がんばって」と言われ続けたがんばり屋のMちゃんは、最後に「もうがんばれないよ。」と言ったそうである。

私はなんということをしてしまったのかと思った。あのとき、「先生と話したいな」という顔をしていたMちゃんが今も目に浮かぶ。「またね」と言いながら次が当然あると思っていた。あのときはまさかこれが最後になるとは夢にも思わなかったのだ。

この世界の多くの人は、私ももちろん含めて、自分に明日が来るのは当たり前だと思っている。けれども、実はそんな保証はどこにもないことを、みんな忘れてしまっている。もしいつも少しでもそんな意識をもてたら、今、ここで、この人といる時間をもっと大事にできるはずだ。

それは、Mちゃんが教えてくれたことだが、これが最後の別れかも、なんていう重い気持ちを持つかどうかは別にして、そうしてその人との今日の出会いを大事にするように心がけると、人とのつき合いはもっといいものになる。

たとえば、学校で子供と接するときも、どんなに怒っても、帰りの会が終わった後には必ずその子を呼んでフォローするようになった。そのあと叱ったこととは全然関係の無いことを話したり、ちょっと遊んだりして、気持ちをすっきりさせてから家へ帰す。叱られていやな気持ちのまま家へ帰らせることは極力しないようにしている。

自分の子供も同じである。怒るときは怒る、それは仕方ない。けれども怒られて嫌な気持ちのまま布団に入れることはしない。必ず、「あなたが大事だから怒ったよ。」と言って、仲直りしてから寝かせるようにしている。

学生の質問から、久しぶりにMちゃんのことを思い出した。

今目の前にいるのはMちゃんではなくて外国から日本語を学びにきた学生達。

この学生達との1日、1日も大事にして行きたいと思う。

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