テレビは親子で

週末によく、子どもと図書館へ行く。

図書館では娘はきまってビデオを2本借りる。

アニメのビデオや「おかあさんといっしょ」などが多いが、暴力シーンの多い最近のアニメを見せるよりも図書館のものは安心して見せられる物が多い。

たとえば昔放映していた宮城真理子さんの「世界昔話」や、世界名作劇場など、子どもに見せながら自分も懐かしい気持ちで見ることができる。

その中に、ディズニーのドナルドダックのビデオがあり、ディズニーなら安心と思って借りてきたのだが、その内容にがっかりした。

子どものいたずらをほほえましく描いた作品だったのだろうが、全編を通してドナルドは自分の甥である小さなアヒルたちやミッキーの姿をした子ども達にいじめられていた。

ディズニー作品だけに、動きがユーモラスでテンポもよく、娘は夢中になって見ていたが、私は内心それを借りてきて失敗だったと思ってしまった。ドナルドが子ども達にやっつけられるたびに、娘も歓声を上げて笑っていたからだ。

そこで私は言ってみた。

「ママ、このお話きらいだよ。」

娘はびっくりしたように聞く。

「なんで?なんで?」

「だって、みんなでドナルドに意地悪してるじゃん。ドナルドかわいそうだよね。」

それを聞いて娘ははっとしたようだった。

「そうだよね、いけないんだよね。でも、ミッキーはドナルドをいじめてなかったね。」

ミッキーが大好きな娘はミッキーをかばった。

しかし、私はこのやりとりでとてもほっとした。

同時に、いろいろなアニメを有害だと決めつけて見せないようにするより、一緒に見て会話を通していろいろな考え方を育てた方がいい場合もあると言うことに気がついた。

もちろん、子ども一人で見せていたら会話も生まれないし、子どもはテレビの中の出来事を肯定し、影響を受けてしまうだろう。

以前、このブログで、今は子どもにとって不適切な内容のテレビ番組がおおく、見せないようにしたほうがよい、と書き、そのように私もがんばってきたが、見せないようにすればするほど見たくなるのが子どもでもある。それよりも、その内容についてこれはいいよね、これはやっちゃいけないよね、その理由もあわせて子どもと話し合うようにしたほうがいい、と考えを改めた。そうすることで、いずれは子どもが自分で番組を選べるようになるだろう。

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アニメが子どもをだめにする

日本で、一番のビッグビジネスはアニメと言われている。

ちょっと考えていただければおわかりだと思うが、あるコミックが流行すると、テレビアニメ化が決まり、それに伴っておもちゃ、食品、サントラ、映画、文房具・・・・・。商品化は延々と続く。

言い換えれば、アニメーションというのはこれらの商品の長編コマーシャルになっているのである。

以前、日本のアニメとおもちゃの関係を研究し、その成果を書き表した本を読んだ。残念なことにタイトルを忘れてしまったが、わかったらまた紹介したい。

それによると、いまやアニメのストーリーを決めるのは制作者というより、おもちゃ業界だというから驚きだ。

たとえばあるアニメで、主人公がピンチの時に使うスティックがあるとする。子どもはかっこよくてみんなほしがり、こぞって購入する。

ところが、頃を見計らって、ストーリーの中で主人公がそのスティックを手放す、というアクシデントが起きる。

そしてその代わりに新たな武器としてたとえばベルトとか、コンパクトとか、そんなものが登場するのだ。もちろん子どもたちは、まだぴかぴかのスティックをかっこわるいと見向きもしなくなり、新しいオモチャをかってくれ、と親にせがむ。

そして、ポケモンが元祖、というわけでもないと思うが、ストーリーの中にやたらと沢山のキャラクターが出てきて、力の優劣を競うアニメがやたら多い。キャラは違うが構造が同じなのだ。当然子どもはカードを集めだし、お気に入りのキャラクターのグッズをほしがる。

売り上げのいいアニメはパートⅡ、Ⅲ・・・・・と利益を吸い尽くせるうちはどんどん続編が作られ、反対に採算の合わない作品はすぐに打ちきりになる。

それらのアニメは、子どもを食い物にしている、といえないだろうか。

前に「キャラ天国」でもふれたが、これでは子どもに物の大切さは教えられない。

そこでいいたいのは、お母さんたちの世代にむけてだが、自分が子どものことに見たアニメとこれらのアニメとを比べてみてほしいのだ。

今でも昔のアニメの感動シーンを特集する番組は多いと思うが、私たちが大人になってもその感動を覚えているほど、子どもの心にアニメが与えている影響は強いのだ。

子どもにアニメを見るなといっても、無理な話である。

それならば子どもの心の栄養になるようなアニメを見て欲しい。

子どもを食い物にする業界を責めたくもあるが、消費者が選ぶから売れている、ということを考えるべきだと思う。

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R18

ニュースを見ると、毎日毎日犯罪、殺人のニュースばかりで嫌になる。

また、ドラマを見ると、これまたやっぱり殺人事件、殺人事件。

人が殺されるって、実はとても異常なことなのに、こんなに毎日毎日殺人事件をあつかったドラマが多いのはどうしてなんだろう。

そんなに日本人は殺人事件のドラマがすきなんだろうか。

そして、それを見ているお母さんたち、その時近くにお子さんはいないんだろうか。

まだこの世界がどういう物かを知らない子どもたちが、毎日そんなテレビ番組を身近に見ていたら、じっと見ている、見ていないに関わらず、自分の生きている世界はこういうところだと解釈しても仕方がないと思う。

子どもが命を軽視している背景に、よくゲームがあげられるが、私はそれだけではないと思う。

そういう番組を作る側にも一言言いたいが、でも何よりそれは視聴者の選択であることを自覚すべきだ。誰も見なければ、制作者とて作らないのだから。

海外では、そういった取り組みについては日本よりもずっとすすんでいる。たとえばそれが「鉄腕アトム」であったとしても、その中に人が殺されるシーンが入っていればカットされるというから徹底している。

もちろん、大人のドラマであっても、殺人、暴力、SEXなど、子どもにとってふさわしくない内容が放映される前には、「18歳以下にはおすすめしない」というお知らせが入る。

かといって、それでも見る人は見るのだろうが、「これは子どもにとってよくない内容なのだ」とだれもが自覚する事ができる、という意味で、大変意義のあることだと思う。

日本でも早くそういう取り組みが行われ、毎日子どもとともに楽しめる質のいい番組がみられる日がくることを願っている。

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犯罪の起こる場所

物騒なニュースが増えている。

小中学生をねらった事件がこうも多いと、子どもを持つ親としては毎日学校へ行かせるだけでも心配で仕方がない。

私が楽しみにしているテレビ番組の一つに、毎週土曜の「世界一受けたい授業」があるのだが、今日は4時間目に「犯罪の起こる場所」というのをやっていた。

それによると、日本の公園は入りやすくて出やすく、隠れるところも多いので犯罪者が好む場所だそうだ。

欧米の公園では見通しや入りにくさまた色などで犯罪者が心理的にも入りにくい状況を想定して設計されているという。

子どもたちが町歩きをして「危険な場所の地域マップ」を作る取り組みもなるほど、と感心した。

地域の人に話を聞きながら地図を作製することを通して、子どもたちの意識が高まるだけでなく、地域の人とのネットワークを作ることもできる。

ただ怖がっているだけではなく、子どもを安心して学校へ通わせられるような地域づくりが大切なんだと言うことがわかった。

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日本語力

日本語がブームである。

いまだかつて、こんなに母語が脚光を浴びたことがあっただろうか。

今秋からも、テレビでは日本語をテーマにしたクイズ番組がどっと増えた。

ブームの発端は斉藤孝先生の「声に出して読みたい日本語」や、NHK「日本語であそぼ」なのであろうが、最近の日本語ブームは、単なる知識、言葉遊びの風潮が強く、またブームだけにそのうちみんな飽きてしまうんだろうな、と思いながら見ている。(結局見ているのだが)

興味がないよりはあったほうがいいにきまっているのだが、そういうバラバラな知識を増やしていくよりも、やはり文章読解力をつけないと日本人はだめになってしまうと思うのだ。

以前、小学校で教員をしていたときに、子どもたちの読解力は明らかに低下していると思わされることがしばしばあった。

たとえば算数の時間。どの子も学習意欲がないわけではなく、単純な計算問題はスラスラ解く子どもたちだ。

ところが、文章題をさせると、からきしできない。立式できないのだ。

あげくには、「先生、これ、足し算?引き算?かけ算?わり算?それだけでいいからおしえてよ!!」

と叫び出す。

また、これもよく言われることだが、母語を十分に使いこなせない人は、外国語を勉強してものびない。

なぜなら、母語はその人の世界そのもの、アイデンティティーそのものだからである

私たちは思考するときに母語を使う。逆を言えば母語の範囲内でしか物を考えられないのだ。

母語が豊かな人はそれだけ思考力も豊かであると言うことになる。

外国語を学習しても、当然母語以上に使いこなせるようにはならないのだから、外国語の表現力は母語の表現力の枠を出ない。

学校の教員を辞めて、現在は外国人に日本語を教える仕事をしているが、どんなに語彙力や文法力のある学生でも、長文を書かせたり、読ませたりすると全然できない、ということがある。そうなると、、「これはおそらく、母語でも文章力がなかったんだろうな」ということになり、それ以上を望むことは難しくなってくる。

ならばどうしたらいいのか、と言うことなのであるが、これもまたよく言われているように、絵本の読みきかせは本当に大切だとおもうのだ。

日々忙しいので毎日はやってられなく、私も誉められた物ではないのだが、絵本はただ与えればいいのではない。

「絵本は子どもが読むための本ではなく、親に読んでもらうための本なのです」となにかにかいてあった。

それから、また前出の「日本昔話」になってしまうのだが、あれは本当によくできた話だと思う。あの短い10何分のあいだに話が完結して起承転結がきちんとある。そういう物を数多く見せることで自然といい文章の構成はこういううもんだということを身につけられる。

とにかく文章力は全ての学習の基礎と心得て、幼いうちから娘にできることはしてあげたいと思っているのである。

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おかえり!日本昔話

『ぼうや~♪』の「まんが日本昔話」が復活しました!!すごくうれしい!

いつもは仕事で帰りが遅くなりますが、記念すべき第1回目はリアルタイムで見たいので、

急いで家に帰りました。懐かしく、そしてたのしかった。

最近のテレビには、本当の人間の心を伝えるアニメがほとんどないと思いませんか。

子どもはみんなテレビが大好き。幼少の頃にどんな番組を見たかって、子どもの人格形成に大きく関わると思うんです。

子供番組でありながら暴力シーンが多かったり、おもしろおかしいだけのプログラムがあまりに多く、子どもの心への影響が心配です。

今娘は2歳。まだ「おかあさんといっしょ」に夢中なので心配要りませんが、いつかアニメに夢中になる年頃になったら、私は内容をよくチェックして、よくないとおもうものは見せないようにするつもりです。

でもそれも時代の流れ、テレビ局も視聴率を上げなければならないわけだから、そういう番組も需要があると言うことなのでしょう。

そんな中で、「日本昔話」が復活したと言うことは、そういうものを求める声が高まっているからなのではないかと思うのですかいかがでしょうか。

皆さん、「日本昔話」を見ましょう。こういう番組を視聴者が求めているということがわかれば、良質な番組がもっと増えるはずです。

来週も頑張って6時に仕事を終わらせよう!

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