いじめを生む考え方
早いものでもう2007年になってから2週間が過ぎてしまった。
昨年は未来のある子ども達が相次いで自ら命をたつ、と言う痛ましい事件が続き、なんとも暗い気持ちで新年を迎えることになってしまった。
文部大臣がいじめに対する緊急アピールを出し、テレビでは特番を組んで有名人やアイドルが自分のいじめられた体験を語ったり、いじめに関わる人にメッセージを投げかけたりしている。
その中で、先日のSMAP×SMAPに、ヤンキー先生こと義家先生が出ていた。番組中YES/NOのアンケートで、「いじめられる側にも問題がある」という質問に[YES]と答えた子どもを怒鳴りつけていた姿が印象的だった。
「それじゃ、悪い奴はいじめていいのか!悪い奴は殺してもいいってこととおんなじだろ!俺はそんなの絶対許さないからな!!」
全くその通りだと思った。他人に嫌がられるような行為をする人は確かにいる。しかし、それがいじめていいという理由にはけしてならない。
しかし、そんな考え方をする子ども達ばかりを責めるわけにはいかない。そういう考え方をしてしまう環境を作っているのは私たち大人だからだ。
現在、私は養護学校に勤務している。先日、近隣の養護学校、特殊学級などと合同の発表会があった。のびのび、楽しく演技している子ども達の様子には感動させられるものがあったのだが、その出し物に私は疑問を感じていた。
たとえば、おなじみの「ももたろう」。善と悪に別れて良い方が悪い方をやっつける、と言う話。ほかの学校の出し物もこのパターンが非常に多かった。
障害をもった子ども達は残念なことだがまだまだ社会の中においては少数派であり、いわゆる社会的弱者である。そんな子ども達が社会へでていくには、その社会がどんな人たちも受け入れてくれる懐の広い社会でなければならない。そんな子ども達と関わっている教員が、悪い奴はやっつければいい、というような出し物を選んでいるのだから、教員もかなり感覚が麻痺してしまっているのではないかと思う。
それから、「ぎんいろのさかな」の話もあった。銀の鱗をもつ魚が、ほかの魚にその鱗をわけてやらなかったことで、誰にも遊んでもらえなくなる話だ。そして、反省して鱗をわけてやるとまた仲間に入れてもらえる。
これが人間だったらどうだろう。物をあげないと仲間はずれにされるのか。私にはなぜこの話がいい話といわれているかよくわからない。
毎度言うようだが、悪い奴に制裁を加えてもよい、という考え方は間違っているにも関わらず、それにならされている人は大人にも、ましてや教員の中にも多い、ということだ。
しかも人間関係はそんなに白黒はっきりしているものではなく、どちらが本当に悪いかと言うことは立場によって違うのだ。自分から見れば相手は悪い。相手から見ても同じ事。
そのことを周りの大人がまず気づいて、子どもに、相手の立場に立てる気持ち、相手の気持ちを想像できる力を育てていかなくてはならない。
それでも、いじめはなくならないと言う人もいる。
昔、藤子F不二雄の漫画に、「嫌われ屋」なる男が出てきていた。彼は宇宙船にクルーとして乗り込むのだが、やることなすこと人に嫌がられるような事で、彼の悪口を言うことでほかの乗組員が団結していく。実はそれは上司が雇ったプロの嫌われ役だったのだ。宇宙という危険な場所では、みんながまとまり力を合わせることが何より大切だからで、「嫌われ屋」は人間の、同一の敵がいると団結する習性に目を付けた商売だったのだ。
動物の世界にもいじめがあるという。私たちも動物である限りその習性から逃れられないのか。人間である以上、理性の力で克服できると信じたい。
自ら命を絶たざるを得なかった多くの若い魂のご冥福を心からお祈りいたします。
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