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祖母の思い出

勤務先の学校で、ごみ拾いの行事があった。

他校と合同で近隣の公園や道路を歩き、ごみを拾い集めるのだ。

それにしても千葉はごみが多い。

空き缶やお菓子の紙、ペットボトル等々・・・・・。

私は常々ごみのポイ捨てほど無責任な行動はないと思っている。

自分の手を離れたごみがその後どう環境、景観に影響するのか、それを掃除し、拾い集める人は誰なのか、全く考え無しの行動である。

これだけごみが多いと、日本人のモラルの低下にがっくりくる。

ごみ拾いは暑い暑い初夏に行われた。

苦労して集めた子どもは今後気軽にゴミ捨てをしたりしないだろう。

しかし、大人が必ずしも子どもの手本にならない例を目の当たりにさせてしまうのは残念だ。

やっぱり健全な心の成長のためには、先を行く大人が尊敬に値し、子どもが魅力的な大人像を描くことが大切だと思う。

これでは大人が子どもに負けてしまう。

子どもは親に、「今日、みんなで道路のごみを拾ったよ。随分ごみを捨てる大人がいるんだなあ、悪いよね。」と聞かせてやるといい。

そして大人は、自分は子どもに対して恥ずかしくないことをしていないか、自分の行動を省みた方がいい。

去年12月、母方の祖母が他界した。

正直私はこの祖母とは折り合いが悪く、なくなるまで関係は悪いままだった。

仏様にこういうのは気が引けるが、今でもあまり好きとは言えない。

しかし、一つ思い出すことがある。

幼い私が祖母と歩いていたとき、私は考え無しにジュースの缶を森に投げた。

祖母は強く怒り、私はその缶を探しに森へはいることになった。

子どもだった私はなぜそこまで厳しくされるのかわからなかった。

けれども今は、そのことだけは祖母に感謝している。

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