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プレーパーク

前回の記事に書いたことと重複するが、子供は親の介入しない世界で思い切り遊ぶこともとても大切だ。

私が以前住んでいた家は、目の前に公園があった。

公園と言っても、滑り台とブランコ、それに鉄棒があるだけのちいさな児童遊園だ。

私も子供の頃はさんざんあそび、大きくなっても日曜などは一日中子供の声が絶えず、ずいぶん心を和ませてもらったものだ。

それが、いつぐらいからだろうか。

その声の中に大人の声が混ざるようになった。

窓からのぞくと、子供をつれて親も公園にやってきている。親同士はベンチに座ってずっとしゃべっている。しゃべっているだけならいいのだが、遊び方について子供に一から十まで口出ししているのである。(暇だな~と思うけど、それは今は置いといて・・)

「こら、○○ちゃん!こんどは××ちゃんが遊ぶ順番でしょ!ちょっとまってなさい」

「▲▲ちゃん!滑り台はそっちからのぼるんじゃないでしょ!ほらほら、ちゃんと捕まってないと落ちたらどうするの!?」

「あら、あら、けんか?どっちが悪いの?お兄ちゃんなんだからほら、すぐにあやまりなさい」

「まあまあ、袖口まで真っ黒じゃない!お母さん洗濯したばかりなのに」

などなどなどなど・・・・ これは、聞いてるだけの私もかなり苦痛なのだから、遊んでいる子供達は遊んだ気もしないだろう。かわいそうに。

公園と言えばもうひとつ、子供の遊び場としての公園が各地に整備されていくのは非常にいいことだが、整備されすぎているのも気になっていた。

かわいらしい遊具は言うまでもなく、花壇や植木もきれいに、芸術的に、刈り込まれている。

きれいな形をした木々は、その時点でもう自然ではない。緑は多いが規制も多く、子供の遊び方は自ずと限られてくる。

そんななか、最近、「プレーパーク」なるものをつくろう、という運動が各地で広まっていることを知った。

「プレーパーク」は、文字通り公園なのだが、そこには公園らしい遊具は何もない。そこでは何をしても自由だそうだ。どろんこになる子、穴を掘りまくる子、木に登る子、ただ走り回る子・・・ルールは何もない。

安全のために大人もいるそうだが、何を指図するわけでもなく、気づきや成長をただ見守る存在だと言うことだ。

さっそく自分の家の近くにそのプレーパークがないか調べてみた。

意外に近くにもプレーパークが、またはそれを作ろうと活動している団体があり、これは是非言ってみなくては、と思った。

本来ならば本当の自然の中で遊ぶのが一番いいにきまっているが、それも難しい昨今において、そのような所をつくっていこうという動きがあちこちで起こっていると言うことは嬉しいことだと思う。

ご自宅の近くにプレーパークがあるか調べたい方はこちらをどうぞ。

日本冒険遊び場作り協会

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